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最初の調教師試験を受けたのは確か34歳の時でした。勉強が足りず、ただ名前を書いただけで終わりました。最初の2、3回は本腰が入っていなかった。同じ橋本輝雄厩舎に所属していた二ノ宮敬宇(よしたか)先生が受かった時に「勉強の資料を貸してよ」と言ったら、段ボールいっぱいの教材をもらいました。こんなに勉強するのか…と頭が痛くなりました。
師匠が定年引退したことで厩舎所属の騎手からフリーとなり、乗る馬が少なくなってきました。妻が「あと1年は(家計が)持つけど、今年試験を受からなかったら調教助手をしてください」と言ってきます。そんなはずはないでしょうが、ハッパを掛けられたのでしょう。そこから1日8時間くらいの猛勉強です。机に向かうのは定時制の府中農業高校の時以来。競馬施行規程などを一生懸命、ノートに書きます。次の日になったら前のページを全部忘れている。こんなに頭が固かったかな。本当に大変でした。
何とか6度目の試験で合格することができました。1年間は高市圭二調教師の所で技術調教師(開業前に他厩舎で実務をこなす)として働きました。高市くんは私と同期で騎手デビューし、休みの日もよく一緒にいて仲が良かったです。スマートで格好良くてね。女性にモテモテでした。ただ、彼は騎手時代に乗り馬に恵まれなかった。師匠に何度もダービーに乗せてもらった私とは対照的です。「俺がおまえくらい馬を用意してもらったら、もっと勝てている」とよく愚痴られました。その通りだったと思います。本当に上手で格好良く乗っていましたから。
そんな高市くんは騎手を引退する直前、最後の中京滞在で何頭か馬の稽古をつけていました。その中の一頭に見込みのある馬がいて「この馬で勝って引退したい」と師匠に騎乗を訴えると「どうして騎手をやめて調教師になる人間を乗せなくちゃいけないんだ」と言われたそうです。そんな苦労もあり、引退後は本当に人が変わりました。猛勉強をして調教師となり「俺を見下してきた調教師や馬主を見返してやる」と。だから96年に開業して、早い時期からファストフレンド(00年東海Sなど重賞9勝)、ビーマイナカヤマ(00年ガーネットSなど重賞8勝)などで重賞を勝てたのだと思います。そんな高市くんの下で研修ができたのはいい経験でした。
42歳の98年に美浦トレーニングセンターで厩舎を開業しました。初出走は3月1日の中京5R、ミランフォルテで11着。初勝利までは少し時間がかかり、6月27日の函館4Rノアウィッシュ(延べ45頭目)で勝ちました。当然、一日に何鞍も乗れる騎手時代より勝つのは難しい。一勝の喜びは大きかったです。
◇根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の70歳。77年3月に騎手デビュー。87年日本ダービー(メリーナイス)などG13勝を含め重賞14勝。障害戦でも活躍し、79年にはバローネターフで中山大障害を春秋連覇。JRA通算2633戦235勝。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業し通算6420戦218勝。藤田菜七子元騎手ら5人の弟子を育てる。
師匠が定年引退したことで厩舎所属の騎手からフリーとなり、乗る馬が少なくなってきました。妻が「あと1年は(家計が)持つけど、今年試験を受からなかったら調教助手をしてください」と言ってきます。そんなはずはないでしょうが、ハッパを掛けられたのでしょう。そこから1日8時間くらいの猛勉強です。机に向かうのは定時制の府中農業高校の時以来。競馬施行規程などを一生懸命、ノートに書きます。次の日になったら前のページを全部忘れている。こんなに頭が固かったかな。本当に大変でした。
何とか6度目の試験で合格することができました。1年間は高市圭二調教師の所で技術調教師(開業前に他厩舎で実務をこなす)として働きました。高市くんは私と同期で騎手デビューし、休みの日もよく一緒にいて仲が良かったです。スマートで格好良くてね。女性にモテモテでした。ただ、彼は騎手時代に乗り馬に恵まれなかった。師匠に何度もダービーに乗せてもらった私とは対照的です。「俺がおまえくらい馬を用意してもらったら、もっと勝てている」とよく愚痴られました。その通りだったと思います。本当に上手で格好良く乗っていましたから。
そんな高市くんは騎手を引退する直前、最後の中京滞在で何頭か馬の稽古をつけていました。その中の一頭に見込みのある馬がいて「この馬で勝って引退したい」と師匠に騎乗を訴えると「どうして騎手をやめて調教師になる人間を乗せなくちゃいけないんだ」と言われたそうです。そんな苦労もあり、引退後は本当に人が変わりました。猛勉強をして調教師となり「俺を見下してきた調教師や馬主を見返してやる」と。だから96年に開業して、早い時期からファストフレンド(00年東海Sなど重賞9勝)、ビーマイナカヤマ(00年ガーネットSなど重賞8勝)などで重賞を勝てたのだと思います。そんな高市くんの下で研修ができたのはいい経験でした。
42歳の98年に美浦トレーニングセンターで厩舎を開業しました。初出走は3月1日の中京5R、ミランフォルテで11着。初勝利までは少し時間がかかり、6月27日の函館4Rノアウィッシュ(延べ45頭目)で勝ちました。当然、一日に何鞍も乗れる騎手時代より勝つのは難しい。一勝の喜びは大きかったです。
◇根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の70歳。77年3月に騎手デビュー。87年日本ダービー(メリーナイス)などG13勝を含め重賞14勝。障害戦でも活躍し、79年にはバローネターフで中山大障害を春秋連覇。JRA通算2633戦235勝。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業し通算6420戦218勝。藤田菜七子元騎手ら5人の弟子を育てる。
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