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【根本康広 我が道22】馬は撮影の都合では走らない 映画で“正反対”の寡黙な騎手役

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映画「優駿 ORACION 」の制作発表(左から) 仲代達矢・斉藤由貴・緒形直人
 映画「優駿 ORACION」では実際に馬が走る映像の撮影を美浦トレセンの芝コースで行いました。東京競馬場は芝が傷むという理由で貸し出されなかったそうです。よく競馬を知っている人は「これ、東京競馬場じゃないじゃん」とすぐ分かりました。最初は吹き替えだと聞いていたのに、奈良五郎というちゃんとした役が与えられました。

 追い切りやレース映像を撮影する時に一番困ったのはメリーナイス役の馬が走らないこと。併せ馬のシーンでは先着しなきゃいけないので、併せた相手の騎手は手綱を引っ張る。でも、それだと映像的に格好悪くなってしまう。また、大切なシーンは何回も撮影しようとします。「この馬は脚が悪いから何度も走らせるのは無理だ」と伝えても、製作側は競馬を全く知らない。「エビ(屈腱炎)って何ですか?」といった調子でした。

 私も製作サイドに回らないといけないと思いました。犬や猫の可愛いシーンを撮るのとは違い、馬を走らせることは大変なんだと訴えました。厩舎のシーンではスタッフ役が必要ですが、最初は撮影をからかっていた厩務員たちが「1日の撮影で1万円以上もらえる」と分かったら手のひらを返して応募が殺到しました。「もう要らない」と言っても「何とかねじ込めよ!」って。気がついたら私がエキストラの管理までしていました(笑い)。休みの月曜日はトレセンも全休日で馬がいないので、撮影日になります。他の日も早朝の調教をつけた後すぐに新宿での撮影に行って、夜遅くに美浦に帰ってくるという日々でした。

 私の役は自分のせいで他人を死なせてしまったという過去を背負った人物でした。撮影中は「根本さんが明るいのは分かるけど、この役は無口で寡黙で…」と注意されます。俳優でもない騎手が正反対の性格の役を演じるのは無理がありますよ(笑い)。長い撮影期間を何とか撮り終えて作品は完成しました。この映画を通じてメリーナイスのことを知った人もたくさんいました。引退後は多くの支援を頂いたそうです。

 メディアへの露出で同期の加藤和宏、木藤隆行と「美浦のひょうきん族」と呼ばれることもありました。騎手としても楽しく乗っていたのですが、ダービーを勝った後はどこかで満足してしまった感覚がありました。「ダービージョッキーとしてさらに精進しろ」という意見もあるでしょうが、私には無理だった。下乗り時代にあれだけ下手だと言われた騎手がダービーも天皇賞も勝った。十分じゃないか、と。いかにも大正生まれの人という感じだった師匠(橋本輝雄調教師)もダービーを勝った後はフワーンと雰囲気が柔らかくなっていました。次はもう調教師になるしかないんじゃないかと考え、調教師試験へ向けての勉強を始めることになります。

 ◇根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の70歳。77年3月に騎手デビュー。87年日本ダービー(メリーナイス)などG13勝を含め重賞14勝。障害戦でも活躍し、79年にはバローネターフで中山大障害を春秋連覇。JRA通算2633戦235勝。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業し通算6420戦218勝。藤田菜七子元騎手ら5人の弟子を育てる。
(C)スポーツニッポン