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競馬で有名な牡馬クラシックの格言があります。「皐月賞は最も速い馬が勝つ」、「菊花賞は最も強い馬が勝つ」。そして「ダービーは最も運の強い馬が勝つ」。ただ、今は今年のロブチェンのように、普通に強い馬が勝つレースだと思っています。30頭近い馬たちが走った私たちの時代は、それこそ展開なんて読めるはずもなく「運の強い馬」が勝った年もあるでしょう。
そんな時代のダービーでも勝つためのポイントはありました。当時の新馬戦や条件戦は今よりもずっと少頭数。それがいきなり頭数が増えるので、道中で外を回され続けると勝負になりません。基本的にインを回る必要がある。さらに直線はズラーッと横に並んでの追い比べ。外から進路を見つけようとすると、かなりロスを強いられる可能性がありました。直線で外に振られては勝負にならない。私は「最初のコーナーは最低でも10番手以内で回り、4コーナーは7番手以内で回ってきたい」と師匠に伝えました。師匠は「内に行ったら包まれるぞ」と言いましたが、「大丈夫です。4回ダービーに乗って、僕の周りはずっと空いていたので詰まらないです」と言い切りました。
8番枠から飛び出したメリーナイスはダッシュ良くインを確保できました。好位の5番手付近。もちろん道中は無理をさせません。何より東京コースの向正面にはきつい上り坂があります。守ったのは亡くなった丸目敏栄さん(元騎手、調教師)の言葉です。「あの坂で無理をさせるのは絶対にダメだ。大きい生卵をおなかに抱えているイメージでフワッと乗ればいい。直線の坂のために向正面の坂が大切になる」。とにかく馬を落ち着かせ、無駄な力を使わせないように気を使いました。
迎えた直線。前には2頭しかいないので、4コーナーを回り切った時にはスッと視界が開けました。ここまではイメージ通り。距離不安のある馬を最短コースで通すことができました。ただ、私のイメージになかったのはメリーナイスの爆発力でした。追い出すとためていたエネルギーを解放してグングンと加速する。調教で教えたことを体現してくれています。それでも、ゴールは遠かったです。最後は景色がスローモーションになって音がウワン、ウワンと反響したように聞こえる。引き離した後続の蹄音は聞こえないけど「まだゴール板は来ないのかよ!」と祈る気持ちでステッキを振りました。
そして、ようやくたどり着いたゴール地点。夢のまた夢だった大レースを勝ったことが分かり、何度もガッツポーズが出ました。騎手免許試験を3度も落ちた生徒と、短距離向きだと思われていた馬が、6馬身差Vを決めたんです。これはグレード制導入84年以降では最大の着差。抑えきれない喜びの隣に、騎手としての夢がかなってしまった感覚がありました。
◇根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の70歳。77年3月に騎手デビュー。87年日本ダービー(メリーナイス)などG13勝を含め重賞14勝。障害戦でも活躍し、79年にはバローネターフで中山大障害を春秋連覇。JRA通算2633戦235勝。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業し通算6420戦218勝。藤田菜七子元騎手ら5人の弟子を育てる。
そんな時代のダービーでも勝つためのポイントはありました。当時の新馬戦や条件戦は今よりもずっと少頭数。それがいきなり頭数が増えるので、道中で外を回され続けると勝負になりません。基本的にインを回る必要がある。さらに直線はズラーッと横に並んでの追い比べ。外から進路を見つけようとすると、かなりロスを強いられる可能性がありました。直線で外に振られては勝負にならない。私は「最初のコーナーは最低でも10番手以内で回り、4コーナーは7番手以内で回ってきたい」と師匠に伝えました。師匠は「内に行ったら包まれるぞ」と言いましたが、「大丈夫です。4回ダービーに乗って、僕の周りはずっと空いていたので詰まらないです」と言い切りました。
8番枠から飛び出したメリーナイスはダッシュ良くインを確保できました。好位の5番手付近。もちろん道中は無理をさせません。何より東京コースの向正面にはきつい上り坂があります。守ったのは亡くなった丸目敏栄さん(元騎手、調教師)の言葉です。「あの坂で無理をさせるのは絶対にダメだ。大きい生卵をおなかに抱えているイメージでフワッと乗ればいい。直線の坂のために向正面の坂が大切になる」。とにかく馬を落ち着かせ、無駄な力を使わせないように気を使いました。
迎えた直線。前には2頭しかいないので、4コーナーを回り切った時にはスッと視界が開けました。ここまではイメージ通り。距離不安のある馬を最短コースで通すことができました。ただ、私のイメージになかったのはメリーナイスの爆発力でした。追い出すとためていたエネルギーを解放してグングンと加速する。調教で教えたことを体現してくれています。それでも、ゴールは遠かったです。最後は景色がスローモーションになって音がウワン、ウワンと反響したように聞こえる。引き離した後続の蹄音は聞こえないけど「まだゴール板は来ないのかよ!」と祈る気持ちでステッキを振りました。
そして、ようやくたどり着いたゴール地点。夢のまた夢だった大レースを勝ったことが分かり、何度もガッツポーズが出ました。騎手免許試験を3度も落ちた生徒と、短距離向きだと思われていた馬が、6馬身差Vを決めたんです。これはグレード制導入84年以降では最大の着差。抑えきれない喜びの隣に、騎手としての夢がかなってしまった感覚がありました。
◇根本 康広(ねもと・やすひろ)1956年(昭31)1月31日生まれ、東京都出身の70歳。77年3月に騎手デビュー。87年日本ダービー(メリーナイス)などG13勝を含め重賞14勝。障害戦でも活躍し、79年にはバローネターフで中山大障害を春秋連覇。JRA通算2633戦235勝。97年に騎手を引退し調教師に転身。98年に開業し通算6420戦218勝。藤田菜七子元騎手ら5人の弟子を育てる。
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