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2戦目は翌04年1月17日、新馬戦と同じ中山競馬場。ダート1800メートルの未勝利戦で初勝利を挙げた。菊沢隆徳(現調教師)を背に、2着フサイチバルドルに9馬身差の圧勝だった。
「育成時代から何とか皐月賞を…と期待も高かった馬。(冬場で)芝の番組が少なかったこともあり、とりあえずは1勝しないと次につながらないので、ダートで確勝を期したんです」
3戦目の500万下(4着)では苦杯を喫したが、スプリングS3着で皐月賞優先出走権を何とかつかむと、続く皐月賞で大仕事を成し遂げた。弥生賞を制した道営馬コスモバルクが1番人気を集めていたが、新コンビのミルコ・デムーロを迎えたメジャーは好スタートから2番手を進むと、1分58秒6の好時計でG1初制覇。何とか落ち着かせようと実戦ではシャドーロールを装着。パドックではパシュファイヤー(目の部分がアミ目になった覆面)を着けるなど、試行錯誤の末につかんだ栄冠だった。
「スプリングSは1勝馬だけど何とか出走できて、まだフラフラ走っていたけど、皐月賞の権利もギリギリ獲れた。その頃は“厩舎装鞍”で装鞍所でなく厩舎内で鞍を付けてましたね。万が一に備え、パドックでは助手が馬に乗って、2人が両側で引く3人態勢を敷いていました。皐月賞の手応え?1勝馬だけど、気性とか子供っぽい面を除けば、能力自体は他馬とそん色ないと思っていました。10番人気だったけど、結構自信はありました。厩舎としてもG1初制覇だったので本当にうれしかったです」
しかし、栄光の陰に実は苦難が迫っていた。2冠の期待を集めたダービーで6着に敗れると、夏は無事越したもの、秋は信じがたい結果が…。秋初戦のオールカマー(2番人気)は9頭立ての9着最下位。続く天皇賞・秋は大外17番枠の不利はあったが、2戦連続で再び最下位の悪夢。大敗の原因は喘鳴(ぜんめい)症(通称ノド鳴り)だった。
「実はダービーの頃から、喘鳴症の兆候はあったんです。夏は放牧に出したが、気持ちが緩むと、ノドの弁も緩むそうで進行したようです」
2戦連続最下位の悲痛な結果を見て、陣営は手術に踏み切った。北海道・苫小牧市の社台ホースクリニックで手術を受けた。医療技術の進歩で手術法が改善(声のう摘出手術から気道拡大手術へ)され、手術自体の成功率は飛躍的に上がっていた。美浦に戻ったメジャーは笛を吹くことはなくなった。手術後の放牧を経て、5歳(現4歳)初戦となった復帰戦の05年4月のダービー卿チャレンジトロフィー。手術明け、さらに57・5キロのトップハンデを課せられていたが、柴田善臣を背に好位から早めに抜け出し、皐月賞以来、約1年ぶりの勝利。レース後、上原師は「皐月賞と同じぐらいうれしい白星。牧場関係者もこれで幸せになれる」と喜びに浸った。
▽喘鳴症(ぜんめいしょう) 気管支疾患の一種。咽喉(いんこう)部のマヒにより、気道の門(披裂軟骨)が十分開かず、肺に酸素を送り込めなくなる症状。気道の門が狭くなるため、呼吸のたびにかすれた笛のような音を発する。通称「ノド鳴り」とも言われる。原因は遺伝性疾患説や反回神経マヒ説、呼吸器感染起因説などが挙げられていたが、遺伝や感染には科学的根拠がなく、反回神経マヒが原因とみられる。70年の2冠馬(皐月賞、ダービー)のタニノムーティエや、03年フェブラリーSを制したゴールドアリュールなどがこの病気が原因で引退した。
「育成時代から何とか皐月賞を…と期待も高かった馬。(冬場で)芝の番組が少なかったこともあり、とりあえずは1勝しないと次につながらないので、ダートで確勝を期したんです」
3戦目の500万下(4着)では苦杯を喫したが、スプリングS3着で皐月賞優先出走権を何とかつかむと、続く皐月賞で大仕事を成し遂げた。弥生賞を制した道営馬コスモバルクが1番人気を集めていたが、新コンビのミルコ・デムーロを迎えたメジャーは好スタートから2番手を進むと、1分58秒6の好時計でG1初制覇。何とか落ち着かせようと実戦ではシャドーロールを装着。パドックではパシュファイヤー(目の部分がアミ目になった覆面)を着けるなど、試行錯誤の末につかんだ栄冠だった。
「スプリングSは1勝馬だけど何とか出走できて、まだフラフラ走っていたけど、皐月賞の権利もギリギリ獲れた。その頃は“厩舎装鞍”で装鞍所でなく厩舎内で鞍を付けてましたね。万が一に備え、パドックでは助手が馬に乗って、2人が両側で引く3人態勢を敷いていました。皐月賞の手応え?1勝馬だけど、気性とか子供っぽい面を除けば、能力自体は他馬とそん色ないと思っていました。10番人気だったけど、結構自信はありました。厩舎としてもG1初制覇だったので本当にうれしかったです」
しかし、栄光の陰に実は苦難が迫っていた。2冠の期待を集めたダービーで6着に敗れると、夏は無事越したもの、秋は信じがたい結果が…。秋初戦のオールカマー(2番人気)は9頭立ての9着最下位。続く天皇賞・秋は大外17番枠の不利はあったが、2戦連続で再び最下位の悪夢。大敗の原因は喘鳴(ぜんめい)症(通称ノド鳴り)だった。
「実はダービーの頃から、喘鳴症の兆候はあったんです。夏は放牧に出したが、気持ちが緩むと、ノドの弁も緩むそうで進行したようです」
2戦連続最下位の悲痛な結果を見て、陣営は手術に踏み切った。北海道・苫小牧市の社台ホースクリニックで手術を受けた。医療技術の進歩で手術法が改善(声のう摘出手術から気道拡大手術へ)され、手術自体の成功率は飛躍的に上がっていた。美浦に戻ったメジャーは笛を吹くことはなくなった。手術後の放牧を経て、5歳(現4歳)初戦となった復帰戦の05年4月のダービー卿チャレンジトロフィー。手術明け、さらに57・5キロのトップハンデを課せられていたが、柴田善臣を背に好位から早めに抜け出し、皐月賞以来、約1年ぶりの勝利。レース後、上原師は「皐月賞と同じぐらいうれしい白星。牧場関係者もこれで幸せになれる」と喜びに浸った。
▽喘鳴症(ぜんめいしょう) 気管支疾患の一種。咽喉(いんこう)部のマヒにより、気道の門(披裂軟骨)が十分開かず、肺に酸素を送り込めなくなる症状。気道の門が狭くなるため、呼吸のたびにかすれた笛のような音を発する。通称「ノド鳴り」とも言われる。原因は遺伝性疾患説や反回神経マヒ説、呼吸器感染起因説などが挙げられていたが、遺伝や感染には科学的根拠がなく、反回神経マヒが原因とみられる。70年の2冠馬(皐月賞、ダービー)のタニノムーティエや、03年フェブラリーSを制したゴールドアリュールなどがこの病気が原因で引退した。
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